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今、人類は地球の温暖化傾向、自然破壊の現実の中から、ようやく自然との共生を模索しはじめました。そんな時節、本園は四季折々の若葉と青葉、落葉混合の「樹木空間」に恵まれております。これは貴重な財産です。森の迷路での今様の癒しの匂いは、古里の山野と全く同じです。ここでの幼少時期、ガキ大将仲間からいただいた野生児体験は、今もってわたしの命(たくましく、生き抜く力)の源泉であります。ありがたいことです。
ところで児童館にはまわりの自然界の風景とはいささか異なる、パソコンが約20台設置されています。この近代機器を前にする子どもの後ろ姿に見入りながら、4歳児にしてこんなことができるとばかり、老兵はただ感嘆の声を発するのみです。しかし最近の情報化社会の足音からすれば、これはしごく当然のことであります。
けれども一方では、パソコンコーナーでの1母親のつぶやきに鮮烈な印象を覚えるのも、いつわりのないわたしの実感です。「せっかくここまで遊びにきたのに、何で、またパソコン?」。まぎれもなくこどもの城は遊ぶところ、蒼白い座学への挑戦の場、経験・体験学習の道場なのです。それだけにここでは、豊富な遊び体験の集積に全神経を投入していただきたいものです。その意味でママのことばは千金の重みを持っています。
今世紀における学校教育現場は、IT(情報技術)の進歩、流行の中で、人間的感性をも消失しかねない危惧と隣あわせです。パソコンでうまくグラフは描けるが、その描いたグラフの意味が理解できない子が、情報処理教育の美名の下で、数多く輩出されかねないのが冷徹な現実なのです。まぎれもなく今の教育界は、人そのもの、心をどう育てるかの具体的方策をめぐって、苦慮、憔悴しきっていることを忘れてはなりません。
昔日からの格言「不易と流行」は、今後、機器力は際限なく進歩(流行)するけれども、その機器力を駆使するのは永遠(不易)に人間であるとの指摘なのです。そのためにも、今の子育てや教育の最大課題は、人そのもの、心を育てる(不易部分)の見きわめにありと、声を大にして断言したいのです。えひめこどもの城はそれへの活路を、「為すことによって学ぶ」経験学習の具体に賭けようとしているのです。
平成14年6月1日
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