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見えない学力 |
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| 6.「これから、児童館は」 〜駆け込み寺〜《遊歩道》 |
今朝の気温は氷点下。にもかかわらず遊歩道に立つ人たちの話し声は、お元気そのものです。それぞれの人はそれぞれに、「年金」と「畑の大根」と「かわいい孫」の話に夢中です。相手を特定せずに自分の思いだけを一方的にしゃべる、話の前後には何の脈絡もありません。加えて方言も飛び出しますから、私が理解できる内容は半分程度です。それでも不思議なことに、仲間うちでは話がうまく伝わっているようです。
ここでは日本語としての言語的な正しさよりも、今までに蓄積した人と人との関係の深さが、互いの気持ちや心をよりよく伝えているのです。これこそ「生きて働くコミュニケーション」だと、私は思わず膝(ひざ)をたたきました。生涯、同じ土地で暮し続ける竹馬の友たちは、この地のみに根づ<無形文化財、自分たちの心の「駆け込み寺」を創っておられるのです。
現在、全国で約4600余。県内では42か所に、今までの家庭や学校とは全く異なる暮しの場として、新しく児童館が設置されております。当然、この施設は地域のこどもと大人が1つ団子になりきる安全基地、心の「駆け込み寺」になって欲しいと願わずにはおられません。そのためにもここでは児童館、公民館や学校の先生以外の人たちによる異世代交流が、もっともっと真剣に検討されるべきではないでしようか。
次から次へと、こどもたちが殺害されるいたましい事件が続発しています。そして世の多<の人々は、自分のこどもがいつ被害者になるかも知れない不安の中で、現実の子育てや教育の実態を見つめておられるのです。県内でも最近、学校の危機管理や放課後対策、不審者目撃情報、子ども見守り隊など、いろいろな安全対策が講じられ始めました。しかし荒廃、疲弊しきった人心の回復は容易ではありません。
毎年、東・中・南予の児童館(センター)を訪問しつつ、そこでの独自性に学んでおります。もちろん私の関心は人と人との絆(きずな)にあります。或るおばあさんは縁側で日向ぼっこをしながら、下校時間の「こどもの安全見守り」活動に参加していると話してくれました。ここには「他人のこどもでも、叱ってあげる」、すばらしい援助者がいらっしゃるわけです。点在する児童館の最大使命も、こうした異世代交流と地域密着型活動の推進にあります。これはスマートでなくて結構です。どろどろと泥臭い人間の「駆け込み寺」機能を、現代社会を起死回生させる妙手として、どれほどに温存できるかの問題です。えひめこどもの城が存立する意義の1つは、かかってここにあることは言うまでもありません。
平成18年4月1日 |
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